カテゴリー「 Heart 」の記事

61件の投稿

 バレッタ
 中学生頃に、母方の祖母がおみやげで買ってきてくれた、組み木細工のバレッタ。

 暫く使ってなかったんですが、高校生頃に凄く可愛く感じて愛用するようになった。

 ずっと家で使っていて、18歳の頃祖母は亡くなった。
 火葬場にどうしても持って行きたくて、カバンに入れて持っていった。

 火葬場で出してみると、金具の部分が外れかかっていた。
 でも、そのままカバンに入れて家に帰ると、壊れたバレッタは何故か直っていた。

 次に壊れたのは2年半前。
 いざこざがあって、一人暮らしをはじめることになって、引越しが済んでみたら、写真のように壊れていた。

 でも、捨てる気にはなれなくて、壊れたまま使ってる。
 明日、木工用ボンドを買ってきて直そうと思う。

 パーツはひとつも無くさず取ってある。

 数年前から、尊敬する人が母方の祖母である。
 生きてるうちにもっとお話すればよかったな。

 もう10年も前のお話。
 今更悔やんでも遅い。

 今度実家に帰ったら、お墓参りに行こう。
 祖母が好きだった、プリンとヨーグルトを持って。

 パキシル。
 今は40mg/Dayを処方されています。

 実は、前の病院でこれが初めて処方された時、凄くイヤでした。
 っていうのも、周囲でパキシルが効いた人がいなかったからです。

 しかも、飲み始めの吐き気っていうのも凄く怖い!!

 でも、その後他の薬の副作用で、生理が止まったり太ったりして、自分からパキが飲みたいといってこっちに代えてもらいました。
 他のSSRIとか精神病薬tか、知らなかったんだもの。

 …まぁ、私はあまり吐き気の副作用は強い方ではなかったみたいで、20mgに増えた時にちょっと酷かった位で、あとはなにが?って程度でした。

 40mg飲み始めても何が効いてるのかよくわからないくらい、何にもない!!
 今でも効いてるのかどうかわからない。
 …でも、PMSの症状は、ほんの少しだけ緩和されてるような気もしないでもないです。

 それだけでもありがたいので、飲んでます。
 …っていうか、辞めたらシャンビリが怖くてやめられない!!

 なんだか、病院に通い始めてから、精神科の病名のこととか、薬のことを色々調べるのが趣味になりつつあります。
 知っておかないと怖いっていうのもあるけど…でも、今は精神的な病名だったら、大体何言われても、自分はショックを受けないと思います。

 誰でもそうかもしれないけど、調べると大体どれも当てはまってることがあるんだもん。

 子供の頃、自分は近年まれに見るブサイクだと思ってて、こんなブサイクなのに、どうして話をしてくれるんだろう?って本気で疑問に思ってた。
 小学生くらいで、男子にブスって言われるのを真に受けてたんです。

 小学生だったら、明るいグループの子は大体カワイイ扱いされてて、おとなしいグループだとブスって言われる傾向にある気がする。少なくとも自分の周りはそうだったから。
 あと、体系が、平均的な身長体重なのに、尻でかくて、手足が太かったから(今もだ!)、それも凄くコンプレックスだったんだよねぇ。

 そんなわけで、日々おかしな妄想してた。

 自分が考えてることが、自分で知らないうちに全部喋ってるんじゃないかとか、思ってること全部他の人には聞こえてるんじゃないかって怖くなって、なるべく考えるのやめるようにしてた(笑)

 ひとりっこで、子供の頃の親以外の人との交流が少なくて、ひとりで妄想人形遊びばっかりしてたから、同い年の子がどういうものかって知らなかったせいもあるのね、多分。
 でも、そんなわけで、マイワールドで生きる少女の出来上がり♪

 今でも、ちょっと変な人の部類なのかなぁ?まぁ、いいけど。

 神経症・精神病ではビビらないけど、肉体的な疾患は凄く怖いです。
 自分では、あんまり長生きするとは思ってない。

 怖いからすぐ病院に行くんだけどね…。
 まぁ、なんともないわけです。健康診断も超正常値。

 具合が悪いのを精神疾患のせいだと今でも認められないわたしでした。
 PMS軽くなったとかいって、今月はしっかり発熱までしてたりするしなぁー…。

 むかーしですが、母から聞いた話です。

 近所に保健所の車が止まっていて、車の中に乗せられる大型犬。
 外には飼い主と思われる女性。

 車に乗せられた犬に向かって「バイバーイ♪」と手を振る女性の姿。
 殴ってやろうかと思うほどはらわたが煮えくり返ったそうです。

 多分、聞いたのは小学校低学年の頃。
 私の頭の中には、見たわけじゃないのにその光景が今にも目に浮かぶようであり、忘れられない。

 だから。
 本当にちゃんと責任を持ってください。飼い主さん。

 秋葉原のつくばTX工事中にも、隙間にたくさんの猫が居ました。
 最近は見ないけど…何処かに影を潜めているのかな…いなくなっちゃったのかな……。

 これ以上、命を無駄にさせないで。
 実家の近所にはノラ猫に毒を盛って、死ぬと近くの川に投げ捨てる人が居ます。
 私は誰かは知らないですが、母は知ってるんじゃないかな。

 誰も何も言わないけど…。やっぱり許せない。

 動物と一緒に生活するようになって、初めて気がつく命の重さ。
 私が今まで、どれだけ自分をぞんざいに扱ってきたかってこと。

 風呂入ってたら突然の抑鬱感に見舞われた。
 今回は吐き気と胸の辺りのもやもや感。

 確実に自律神経失調症のそれだと思う。
 私はそういう病気だし、しょーがない。

 前は、誰かに知って欲しくて、近くにいる某人に話に行った事もあったけど、100%私の心の中が見えるわけじゃないし、そんな曖昧な辛いと言う事を言われても困るだけだろうと思って最近は言わない。

 リスカ願望も芽生えてくるけど我慢しないと。
 私の中で解決できることは、なるべく私の中でなんとかする。

 今日は、薬飲んですぐに寝よう。
 眠れなければ本を読んで、音楽を聴いて気を紛らせよう。

 辛い時、一人になることが、実は誰かといるよりも回復が早いのかもしれない。
 引っ越す時、いろんな人にあんまり良いこと言われなかったけど、お互いの部屋を分けてよかったなとこういうときには思う。

 一人で静かな気持ちになれる。落ち着ける。

 手柄は自分のもの。失敗は他人のせい。

 そういう自分の行動にすら気付かずに生きている人がいる。
 哀れだなと思う。

 でも、私が人間として最低限のことも出来ないような生活をして、それに対して悩んでいることと。
 そういう自分に気付かずに、全部自分は潔白だと訴え続けて、色んな災難から逃れ続けて生きているのと、どっちが幸せなのかしら?

 いつか、しっぺ返しが来る。
 絶対痛い目見るよ。

 そう信じたい。
 頑張っている人はどうか報われて…。

 私なんかどうでもいい。
 灰になって消えてしまっても構わないから。

 ちゃんと、平等な世の中であって欲しい。

 今、リスカしたとか、そういうことじゃないので先に言っておきます。

 こういうことを書くと、中枢神経系の病を持っている方には伝染するかもしれないので、予め、理解したうえでお読みいただければ…と思います。
 なるべく冷静に書こうと思います。

 先日、ずっと聞きたかった同じようにリスカ経験のあるお友達と、そのことについて話をする機会がありました。
 こうやって、ネット上で発信してレスを頂くことはあっても、やっぱり生の経験者との会話って言うのは持ちたいもので、問題がなければ聞いてみたいなと思っていました。

 私は、2度目にリスカした後に、某人と『もうしない』という約束を半ば強制的にさせられました。
 それに縛られて、どうしようもなくなってリスカに走りました。
 正直、痛いというよりは楽しい…という気持ちが大きかったです。

 まっすぐキレイに深く切りたいと思って、3度目のリスカは13ヶ所切りました。

 約束をした後だったので、黙っていたけど私のブログを見たらバレバレなわけで。
 怒られました。

 リスカは、彼のキャパを超えるもの。そんなことは判ってる。
 …だけど、私の悩みを聞いてくれるわけでもない。
 そりゃそうだよね、その時点でキャパオーバーなんだもの。

 いつも決まって、あなたは考えすぎなんだよ。なんにも考えずに生きていたらいいと、そういうようなことを言われます。
 でも、それが出来なくて、色々考えすぎて、言葉の端々にいちいち引っかかって…傷ついて……。
 お酒のドクターストップがかかっている私は、アルコールに逃げることも出来ません。

 じゃあ、どうしたらいいの?
 …考える前に、手首に刃物を向けています。

 今も、切るわけじゃないけど自分の身の回りにはカミソリが数ヶ所置いてあります。
 なぜか、置いてあるだけで落ち着きます。
 あぁ…これで私はいつでも切って、そして生きていることを確認することが出来ると。

 3度目のリスカの後、会社のことで色々あって、ふと…私は会社にとって要らない人間なんだということを再認識して、そして、どうしてもやるせない気持ちになって、3度目のキズが癒える前に、4度目のリスカをしました。

 3、4回目あわせて同じような所を50ヶ所近く切ったような気がします。

 切っても切っても、落ち着かなくて、最終的には拭き取ることすら面倒で、そのままにしていました。
 手の甲まで、血は流れてきました。

 どうして生きてるの?何のために生きていくの?
 わからない。

 ただただ。歌が歌いたい。もっともっと上手になりたい。

 そして、1ヶ月前のリスカの傷跡ですらまだ消えません。赤い無数の線が、左手首にたくさんあります。
 消えにくいのかな…それとも全般的に深いのかな……。

 私は、自殺をしようとしているわけじゃない。生きたいと思ってる。
 自傷という形でしか、SOSを発する術を知らない私は、どうしたらいい?

 彼には『約束破ったし』と、たまに言われます。
 私とずっと一緒に暮らすことに不安を覚えるそうです。

 死なない程度にリスカを見守ってくれさえすれば…わたしももっと、気楽に生きることが出来るのかな…。
 うちの先生は、リスカについては特に怒ったり止めたりはしません。

 いつも、『跡に残らないといいねぇ~』と、ほんわりと仰ってくださいます。
 それが、私の心の支えでもあったりするのです。

 いくら、やっちゃダメだよって脅迫されても、それが更に助長されていくものである気がします。
 家事も、何にも出来なくて…仕事から帰ってきた彼に任せっぱなしの私は、やっぱり生きる価値などないのでしょうか?
 彼にとっては、私という存在は単なるお荷物で…ストレスのはけ口なのでしょうか?(性的な意味で)

 どうしてこの年齢になるまで放っておいたんだろう。
 発病は18歳らしいです。もう10年も経過している。

 遅すぎる…。
 治療にどれだけ時間がかかるの?

 ボダって、自分の心が自分の年齢に順応するまで苦しまなきゃならないものなの?

 イヤだよ。
 28歳なんて……!!!

 立派に子育てしたり、未婚でもキャリアウーマンでバリバリ働いている年頃。
 私はまだ、生きる価値を見出せないまま。

 外にも出られないまま。
 一般人になりたくなかったから。

 一般人である今の自分が許せないから。
 どこかで、何か大きなことが起こせないかなと思っても、それだけの力がないから。

 病気が治ることがあっても、もう30歳は超えているんだろう。
 そこから、私は何が出来る?

 自分本位の考えばっかりだけど、私は、今、ここに生きているという証を残したい。

 私はここにいるよ!!!

 …って世界中に響くくらい大きい声で叫びたい。
 気づいて……。
 人ごみに埋もれてる一般人だけど、そこから一歩でも踏み出して。
 叩かれてもいいから、賛同してくれる人をたくさん集めたい。

 なにか…なんでもいいから形に残したい。

 薬のこと色々調べてて知った。

 私ロヒ4mg処方されてんだけど、基本的には2mgまでしかダメなのね。
 だから、最初4mgにしたとき健忘起こしたのね。

 今では丁度いい量のようでぐっすりすっきり眠れます。
 しかしまぁ、続けてていいのかどうかは知らないですけど。

 医者がいいって言うんだからいいか。

 070620-1.jpg
 猫がうちに来てからは、本当に世話に追われて、自分が鬱になってもおられず。
 彼女らの小さいからだを見ていると、命の重さを痛感します。

 自分の体はこんなにも軽視してるのに、猫たちの体は凄く心配。
 小さい小さい彼女たちの体は、人間の私たちよりもとても弱く、脆く感じます。

 だから大切に大切に。
 大きくなってね。

 私も、あなたたちが楽しそうな顔をしてくれて、遊んでくれて、ご飯をせがんでくれるから生きていける。

 猫、自分で責任を持って飼うことは凄く心配だったけれど。
 実際、心配も多くて、トイレの様子とか、ご飯ちゃんと食べてるかとか、お水ちゃんと飲んでるかなとか。
 暑い季節だから、ちょっと長い時間外出する時は、冷房を温度高めにかけて出掛けたり。

 人と違ってお話が出来ないから。
 にゃーって訴えてきても、まだまだ実家の母のようにはわからないし、もみぢさんとの関係のような意思疎通もまだまだ。
 自分の名前を覚えてるかどうかも曖昧な状態で。

 なるべく快適な環境を作るように頑張るから。
 だから元気に長生きしてね。

 私の、生きるうえでの活力。

 今日はおとなしく寝てました。

 朝起きて、自分のリスカにびっくりして、某人が今度切ったら自分も切るからと言ってたのを思い出して、内緒にしてたけど、うちのブログ読まれてバレた(笑。

 すっごい怒られた……(ノω<。

 そうやって頭ごなしに怒られるとまた脳がイカレてくるんだけど…黙ってました。
 そのへんは、恐らく経験していないとわからないことだろうし、しょうがない。

 彼も職場が変わったばっかりで、しかもこんな使い物にならないあたしを抱えて生活してて、どれだけ大変か…考えるとキリがない。

 だから、怒られても愚痴られても、お金ないって言うと怒られても(彼は私のせいでかなりの出費をしているので)、反論もできない。
 それがただただ苦しくて、苦しくて辛い。

 どうして私は普通に働けないの?どうして電車に乗れないの?
 こんな甘えたな、人間として欠如してるわたしが、付き合ってるってだけの、そういう存在の彼が面倒観させられてるんだろう?
 でも、実家に帰っても結局、親の世話にならなきゃいけないし、こんなわたしなんか要らないのに…。

 そうして、きっとまた傷が治ってきた頃私はリスカに走るんだろう。
 もうしない…なんて約束できない。

 だって、こんなの…ここに書くことしか出来ない。
 誰にも相談できない。

 私なんかしんじゃえばいいのに。

 ただの甘えかもしれない。
 どう言えば伝わるのかもわからない。

 ただただ、苦しいです。
 誰かと居れば、電車も乗れるしお話も出来るし普通にできる。
 だけど、一人でいると何も出来ない。

 外が怖い。
 こっちに引っ越してきて初めて電車で会社に行った日に、まだ駅に自転車持って来てなかったからタクシー乗ったんだけど、そのときの運転手の態度とか物言いとか。
 朝の電車のスーツ姿のオジサンの後姿とか。
 電車にいっぱい人が乗ってきたときの、押されるあの力とか。
 スーパーのレジに並ぶときの…あぁーもういくつ挙げてもキリがない。
 怖い。

 会社でも、社長の奥さんが木曜日に
「なんでアナタみたいに一人っ子で愛情いっぱい受けて育ってる子がそうなっちゃうのかしら?」
 …って。そんなのアタシが聞きたい。
「子供産んだら強くなるわよ」
 …余計なお世話だ。

 もう触らないで。

 アタシは自分の殻からヒトリで外に出ることが出来ない。
 外は敵がいっぱいだ。

 戦う力が欲しい。
 なにも感じなくて済む鈍感な心が欲しい。

 敢えて『鬱』の場所に身を投じているような今日この頃です。
 私にとって『鬱』の気持ちというのは苦しいと同時に、普段は抑圧されて表に出てこない表現する心(妄想みたいなもんです)を、外に出してあげるための手段でもあるのです。

 何か『答え』を導き出そうともがき、苦しむ中で新たな発見があって、そこからまた前に進んでいける。
 そして、思いついた言葉たちは、どこかに記しておかないとどんどん消えてなくなっていってしまう。

 だから、自分にとって今ならばブログという表現手法は大切で、なくてはならないものなんでしょう。
 それは、高校生の頃は『手紙』だったり、授業中に書く小説であったりしました。

PAGE TOP