光の中のブルー

Act.2 現実から、夢の世界へ

 「蒼乃…蒼乃…?」

 誰かがあたしを呼んでいる。

 お願い…呼ぶのをやめて。

 黙って……。

「蒼乃?」

「うるさ────いっっ!! …っと。……あれ?」

 周りを見渡すと。
「あんた何寝てんのよ。早いうちに宿題終わらせちゃおって言ったのは蒼乃でしょ?」
「……は…。ごめん宇香。」

 7月25日、昼下がり。
 あたしたちは行きつけの喫茶店で宿題をすすめていた。
 自然と出来た、あたしたちの指定席。
 店の一番奥の、窓から外が良く見える場所。
 山の麓にあるこの店、ツタが程よく絡まり、夏エアコンが効いてなかったとしても少しだけ涼しい。
 葉と葉の隙間から入ってくる日の光がライトみたいに光っている。
 市街地を少し離れてるからこその住んだ空気、住んだ光。
  ……。
「ねっ、やっぱし今日…やめにしない?」
 こう持ちかけたのは私。
 なんだかこのまま森林浴に行きたい気分になってしまったのだ。
「もーっ、蒼乃はいつもそう!自分から言い出しておいて…。」
「…ゴメン、宇香。」
 宇香はしっかり者。
 やるべきことはいつもちゃんとやっている。
 いつも怠けていて、後になって焦るあたしとは正反対。
「まぁいいか。夏休みは長いんだし、何も今から焦ることもないでしょうし。」
「うん。」

 あたしはまだ知らなかった。
 この先どんなことが起こるのかなんて───…。

     ☆

 何の意味もなく歩く。
 あたしは昔から家に居るのが好きじゃない。
 宇香と別れてからなんとなく来てしまった。
 目的地はただひとつ。
 葉の透き間から木漏れ日が差し込み、地面にはキラキラと光る草のじゅうたん。
 小さい頃から好きだった、あの場所。
 心が洗われる気がするんだ、あの場所に行くと。
 光が、一面に広がっている。
 …道を歩いていくと、横に古い医師の階段が続いている。
 山の頂上へと続いて向かっている階段。
 日陰で、じめじめして、暗くて…。

 そんなところを上って行くと、一度、三メートルくらい平らな道が続く。
 その左側にあたしのダイスキな場所は、ある。
 上ってくる途中が嘘のように、明るくて、暖かくて……。
 まるでそこに天使でも住んでいるみたいだ。

 あたしはその光の中心に立って、光を浴びるのが好き。
 今日もその為に来たんだ。

 だけど…
 人が……いる。

 まぁ、ここを知っている人が他にいたところで別に不思議じゃないしな…。
 あたしは木の陰からそっと、その人を見つめていた。
 なんだか…そのまま天に昇って行ってしまいそうだった。
 ふそ、そんな光景が頭をよぎった。
 知らない人なのに、初めてみた人なのに……。
 私にはぜんぜん、関係ない人のはずなのに…。
 行って欲しくないようなきがして、

 そうしても、そっちの世界に行って欲しくないと、直感的に思って。
 気づいた時にはもう、一歩を踏み出していた。

「だめ─―――――っ!」

 そう叫びながら、腕を掴んでいた。
 見ず知らずの人の腕を。

 我に帰ったのはそのすぐあと。
 そのままあたしは逃げ出した。

 恥ずかしかった・・・。  あたしはなんであんなことをしてしまったのだろう……。

     ☆

 今は放課後、私たちの部室。

「なーによ、それ。」

 宇香はからかい口調で言いながら笑っている。
「だって……。」
 ぶつぶつぶつ………。
 自分でもなんであんな行動を取ったのかなんて、わからないんだから。

「…でも、蒼乃らしいな。」
 また、宇香がクスリと笑う。
 あたし…なんだか変だった。
 あたしの中に、もう一人のあたしが居て、その人を止めようとした。

 …だって、怖かったから。
 あの人が消えてしまう気がして…。
 消えたら、いけないような気がして。

 それにあたし、羨ましかった。
 あの人、輝いていたから。

 光を受けての輝きじゃなくて、自身が輝いているみたいだった。
 天使なんじゃないか…って思うほどに。
 光の羽が見えた…気がしたの。
 だから。
 人間なのか、確かめてみたかった。

 …の、かもしれない。
「また、会いたい?」
 微笑みながら宇香が私にそう訊いてきた。
「う〜〜〜〜〜〜ん……。」
 複雑な気持ちだ。
 恥ずかしいから会いたくない気もするし、会ってみたいような気もする。
 会いたいけど、会えなくても、別にいいような…。

「片瀬さん。」
 誰かに呼ばれて勢いよく立ち上がった。

 あたしのことを呼んだのは、鈴木さんという“PFC”(PenFriendClubというのが正式名称で、世界各地のいろいろな人と文通をしている人たちが集まって交流している部活動だ)の、部長さんだった。
 あたしと宇香はこのクラブに入部している。
「片瀬さんと松野さんは“交流会”のこと、まだ知らないのよね?」
「はい。」
「今から、その交流会で光台高校に行くから、自己紹介、考えておいてね。」
「わかりました。」

 自己紹介かぁ…。
 苦手だなぁ……。
 宇香はきっと上手に言うに決まっている。
 あたしだけ、みっともないことにならないといいんだけど……。

「じゃあ、行くよー!」
 『PFC』は部員30名。
 まぁ別にPFCって言っても文通するのがすべてじゃないんだよね。
 週に一度、色々な学校に行って、交流を深める『他校にもお友達をつくろうクラブ』っていう側面も持っている。
 そして、3ヶ月に一度、近くの学校の部員が集まってお茶会をしつつ、色々な会話をして交流を深める『交流会』がある。
 今回は、あたしたち、初めての少人数交流会…というわけだ。
 これがたのしみで何ヶ月待ったことか……。

 あたしたちは部長さんに連れられて、光台高校へ行くための電車に乗った。

 光台高校。私たちの学校地域では、ウチの青風高校と正反対の、一番遠い場所に位置している。
 “PFC”はこの地域で6校。

 光台に対するあたしたちの知識はこうだった。
『教室は、男女区切られているが共学』
『中等部からのエスカレーター式で、比較的のんびりとした校風である(これに関してはわが高校もおなじだけれど)。』
 まぁ、女子高でそれこそ女ばかりの中で6年間過ごすあたしたちから見ると、教室は別々とはいえ、共学というだけで、羨ましいと思っている生徒も居るようだ。

 あたしは、この学校に足を踏み入れるのは、初めて。

「松野さん、片瀬さん、自己紹介考えた?大丈夫?」  部長が心配そうに、あたしたちに尋ねてくる。
「…ぜんぜん……だめですよぉーーー。自己紹介っていうだけで緊張しちゃって頭が真っ白です……。」

 宇香はさっきから黙って下を向いている。
 …宇香のことだからきっと自己紹介考えてるんだろうなぁ…。

「とりあえず、深く考えないで。名前とか、趣味とか、特技とか、プロフィールみたいなものを言えばいいのよ。」
 プロフィール…ねぇ。

 よっし、頭の中で練習して置こうっと。
 片瀬蒼乃、9月2日生まれの15歳。青風高校1年生です。
 チャームポイントは、肩までのストレートで真っ黒な髪です。

 …っと、これじゃあタレントオーディションみたいになっちゃうか……。
 難しいもんだなぁ…自己紹介って。何を言えばいいんだろう…。

『光台──、光台──』

 ぶつぶつと練習してたら、もう光台に着いちゃった。
「ふたりとも、降りるよ。」
 先輩の言葉に背中を押されて、あたしたちも足取り軽くホームに降り立った。
 そして、歩いていって改札を抜けて外に出ると…
「暑ー……」
 電車に乗ってからの、宇香の初めての一言。
 何を言い出すかと思えば、いきなり愚痴か!!!

 あたしはくすくすと笑いがこみ上げてきて止まらなくなってしまった。

「なにー? なんでぇー??」

 笑い出したあたしと部長さんに向かって、宇香は不満げにそう言ってくる。
「…でもさ、ホントに暑いね」
 やっと笑いを堪えて、相槌を打つ。

 空を見上げると、吸い込まれそうな青い空が太陽の光に照らされて、ギラギラと輝いている。
 光も空も…夏も嫌いじゃない。
 だけど…
 暑いのは苦手だなぁ。

 好きな季節は秋から冬だもん。

 普段はエアコンのきいた涼しい部屋にいるか、せめて木陰に居るから、こんな昼の暑い時間に外に出るなんて事が…もう……。

「大丈夫よ。すぐそこだから」

 部長さんが進行方向を示すと…
 ありがたいことに、本当に目の前、すぐだった。

 あたしたちは、門のところにいた守衛さんに、事情を話し、なんだか、恐る恐る校内へと入った。
 他校にいくなんて経験、あまりないからなんだか、ちょっと怖い。

 門から入ると、後者まではずいぶん距離がある。
 まっすぐアスファルトの道のようになっているので、その通りに進む。

 3メートルくらいの幅の道。片方はフェンスで仕切られていて、その向こうは校庭。
 …
 部活……か。
 偉いなぁ、こんなに暑い中…。

 暢気にそんなことを思いながら校舎に向かって歩いた。

 その時…。
「お───いっ、そこのひとー!」
 誰かの声がした。

 ん?

 三人一斉にその声の方向を向いた。
 その声を発した主であろう人は、こともあろうに、校庭との境であるフェンスの上に腰をかけていた。

「その。黒い髪の、肩までのー…一番ちっちゃい人だ!!」
 あたしたち三人は顔を見合わせた。

 ………………。

 あたし──!?