少女は、肩までの長さの髪を後ろにヒラヒラをなびかせながら自転車で坂道を下っていた。 とても楽しそうに笑顔で。
朝の時間、どうやら登校途中のようだ。
僕は、その彼女になんとなく目を奪われていた。
そうしているうちに彼女は自転車を停め、一軒の家へと入ってゆく。
僕はわけがわからないままその場を後にし、学校へと向かった。
春になるにはまだ早いこの日にコートも羽織らず、朝見かけたあの朗らかな表情で、昼休み直前に登校してくる姿を目にした。
僕は、朝見かけた彼女のことがどうしても頭から離れなくて、昼休み彼女のいる3年生の教室に向かった。
2月になると3年生は自由登校になっており、教室の中の人はまばらだった。
「ねぇ、ハンカチ持っていない?もしよければ、私にくださらないかしら?」
彼女は初対面の僕に唐突にこんな風に話しかけてきた。
僕は少しためらいつつも、ポケットからハンカチを差し出した。
「わぁ、男の子なのにキチンとしているのね。ちゃんとアイロンもかけてあって、キレイ。」
僕は少しだけ照れた。
毎朝、シャツとハンカチのアイロンがけは欠かすことのできない日常として定着しているのだ。
「これ!これのお礼に1ヵ月後の3月3日に坂の途中の児童館に来てくれない?すばらしいものをお見せするわ。」
彼女は微笑んで、僕の渡したもの以外にもたくさんのハンカチを抱えてどこかに行ってしまった。
言われたとおり3月3日に児童館へ行くと、そこにはあのハンカチをたくさん使って作ったと思われる雛人形が飾られていた。
今日は、ひな祭りをするということらしい。
子供たちに囲まれて朗らかに笑う彼女の姿が、僕の目にとまった…。