パンタ・レイ -自分を求めて歩く旅-

   2.

 あたしの、はじめての十六歳の日は、梅雨の合間の快晴だった。
 六月二十日。
 なんとなく朝から気分が良くて、あたしは軽快に自転車を進めた。
「おはよー」
 ガラッっと教室のドアを開けると、さえりたちが集まって何やら話をしていた。
「あ、萌おはよー。今日誕生日なんだってね。おめでとー」
「…ありがと」
「ねーそれより聞いた?」
「何を?」
 腕を掴まれてみんなの輪の中に引きずり込まれた上に、なんかこう、いきなりものすごい勢いで話を聞かされて、ちょっとだけ挙動不審になってしまった。
 こういう雰囲気はどーにも慣れないなぁ。
「編入生が来るんだって!このクラスに!」
「編入?まだ入学して何ヶ月も経ってないのに?」
 …変なの。
「それがね、すごいかっこいいって噂なの!!」
 みんなそれではしゃいでたんだ……
「あたし興味ないなぁ…」
 しばらく恋愛はゴメンだわ。どーせ若月くんのことまだ好きだし。
「あたしも…」
 言ったのはさえりだった。
「さえり、そんなこと言ってあんたまだ…」
「香菜!」
 香菜が言いかけたことを止めたのは、時絵だった。三人とも同じ中学出身。
 やっぱり、何かあったんだ……
 そうは思ったけれど、聞くことはできなかった。
「ごめんさえり」
 香菜は申し訳なさそうに上目遣いでさえりに謝ってる。
「ううん。…でも、そのことはナイショにしておいて」
 …あ。
 そう言ったあと、さえりはあたしの方を向いて、ゴメンのジェスチャーをした。きっと、あたしのことは話させたのにって意味だと思う。あたしは小さく首を振った。
 誰にだって話したくないことはあるもの。
 でも、おかげですっかり雰囲気悪くなっちゃったな。しーんとしちゃって、すごく気まずい感じ。
「でもさ、あたしそっちのクラス羨ましいなぁ… こういう時期の編入生ってちょっとミステリアスな感じがして良くない?」
 言ったのは、隣のクラスの風香。
「そこなのよ。それがいいのよねー」
 指を上向きに突き立てながら香菜が言う。
 あたしたちは普段、この五人で行動していることが多い。みんなそれぞれ違うようで、でもどこか似ていて… やっぱり似たタイプって集まるんだよね。
 あたしを除いた四人は全員が同じ中学の出身。さえりと仲良くなったあと、連れて来られてあとの三人と会って、仲良くなった。
 みんな過去の話はあまりしないから、置いてけぼりになることも少ない代わりに、この四人のことを殆ど知らないし、考えてることがわからないこともよくある。
 …あたしが四人のことについてぼんやり考えてる間、さえり以外の三人は、その例の『ミステリアス』な人についてきゃあきゃあと騒いでいた。
(趣味じゃなかったらどうするんだか。期待するだけ無駄だと思うけどな…
 …いいけど。)
 その後、チャイムが鳴って、風香は自分の教室に戻り(報告する約束までしてた)、あたしたちも珍しく先生が来る前に自分の席に戻り、入ってくるのを待った。
 転校生の話は学年中に回っているようで、女子達は髪を念入りに梳かしていたりして、すごい気合が溢れている。そこら中にピンク色の空気がフワフワと漂っているようだ……
 廊下側の磨ガラスに先生と、その後ろをついて歩くもう一人のシルエットが見えた。
 その瞬間、教室の中は一瞬で「シン…」となる。
 私は違和感しか感じず、自分だけが浮いてるみたいに思えてくる。そのことに激しい嫌悪感を覚える。
 あたし一人、その人に感心を持っていなくて、あたし一人どうしていいのかわからなくて、あたし一人、みんなの行動にパニックになってる。
 こんなに一途なのって変なのかな?死んだ人のことをずっと思い続けてるなんて、オカシイことなのかな…?
 そんな風にあたしがショックを受けている間に、先生と編入生は教室に入ってきた。みんなざわざわしてる。小さい声で『かっこいいね』とか声が聞こえる。

 あたしは何の気無く顔を上げてみた。教壇の横には背の高い、今時の顔立ちと髪型をした人が学ラン姿で立っていた。
(ああそうか、まだ制服出来上がってないのか…。でもあれ?どこかで見たこと……)
「有沢!有沢だろ!?」
 急に名前を呼ばれたので驚いて、硬直した。
 一瞬先生に呼ばれたかと思ったけど、どうやら違うらしい。読んだのはその隣りの転入生だったようだ。
 でも、なんであたしの名前知ってるんだろう?『有沢』ってあたし以外にいないし……
 あたしは気になって、その人の顔をじーっと見つめた。…霧の中から抜け出るみたいに過去の記憶が浮かんでくる。若月くんたちに会うよりも、もっとずっと前の記憶……
(……あ。)
「涼くん、綾瀬涼くん?」
 そう言いながら思わず立ち上がってしまっていた。周りの視線に気がついて立ち上がったまま動けないでいると、涼くんはニッコリと笑って
「大当たり。お久しぶりだね、有沢さん」
 と言った。
 私は全身が沸騰したように熱くなって、きっと顔も真っ赤になっていることだろう…。