日常でのエンディングの合唱曲は結局、『翼をください』しか流れなかったなぁ。
と、ぼんやり考えつつ…そーいえば合唱コンクールって何歌ったっけ…?
『翼をください』は課題曲だったんだけど。
1年だったか、2年だったか…はて。
1年の自由曲は『遠い日の歌』だった。
3年は課題曲『大地讃頌』で自由曲『消えた八月』だった。
残り2曲はなんだったかな…。
曲を決める時に、3年時だったか、熱血ヲタクなうちの担任が『太陽がくれた季節』だかなんだかを歌わせようとしたんだけど、クラス全員が猛反対した…というエピソードは覚えてるんだけどな。
3年は戦争曲を早いもの勝ちで取るっていうのが伝統的で、1組が『妹よ』で、うちが『消えた八月』を取ったんだよなぁ。
すごい難しかったな…。
でも、あの曲で、歌う時の緩急の付け方とか感情の乗せ方とかそういうのをしっかり教わった気がするなぁ。音楽の授業もその時だけはすごい厳しかった記憶が。
私はソプラノでした。
立候補で決めた後にどっちでもいい人は余った方に入るとかそういうのだったんだけど、私は引っ込み思案だったのに合唱の時だけはいつも立候補してたなぁ。
そう考えるとやっぱり昔から歌うことが好きだったんだなとすごく思い出されるのですな。
ちなみに高校は『夢をあきらめないで』と『碧いうさぎ』でした。
後者は福祉部みたいな子が手話やってたな…。